1日での家族葬を選んだ理由

Kさんの夫は、生前から「1日でいい」と自ら葬儀の形式を指示していたそうです。「来てくださる方への負担を減らしたい」「2日間にわたってやったら大変だろ」という言葉を残していたといい、ご遺族もその意向をそのままかたちにすることに迷いはなかったとおっしゃいます。

他の葬儀社との比較はせず、サン・ライフに即決された理由として、娘さんが見つけてくれた「ホールが綺麗」という印象を挙げられていました。

お通夜をしなかったことで、寝ずの番やお寺さんの手配が不要になった点も、結果的によかったと振り返ります。「昔はお通夜をしたらお線香を絶やさずにっていうのがあった。それがなかっただけでずいぶん楽だった」とKさんはおっしゃいます。

最初は「1日でちゃんとお見送りできるのか」という不安もあったそうですが、式を終えてみると夫の気持ちのとおりにできたことへの満足感の方が大きかったとのことでした。

サン・ライフファミリーホール藤沢大庭での葬儀当日の様子

Kさんが式を振り返って最初に話してくれたのは、祭壇のお花についてです。「あんなにお花がついてくるなんて、身内にも大好評で」と声を弾ませていました。祭壇の上段も下段もお花でいっぱいに飾られた様子は、参列した親族からも「バラ一本でも高い時代に、あれだけの花があの値段で素晴らしい」と驚きをもって迎えられたそうです。

担当スタッフの栃木さんについては、「フランクに接していただいたおかげで、気を使わずに全部お任せできた」とKさんはおっしゃいます。「ご挨拶どうしますか」と都度確認してくれた上で、「このまま進めますね」と自然な流れで式を進行。堅苦しさのない雰囲気が、少人数の式にちょうどよいサポートでした。

「昔の葬儀は形式ばかりで、焼香の作法を気にしながら故人をしのぐのが後回しになっていた」と過去の経験を振り返るKさん。今回は「あくまでも故人が主体の式」だったと感じていただけたようです。

サン・ライフファミリーホール藤沢大庭と藤沢市聖苑について

ファミリーホール藤沢大庭については、「前はツタヤかなんかがあった場所で、馴染みのある場所だった」とKさん。「できたばかりのように綺麗で、自分たちも良かった」とおっしゃっています。辻堂方面から来られた参列者からも「道をまっすぐ来るだけで近くてよかった」と声をかけてもらったそうです。

式まで2日間の安置期間中、お線香をあげにホールへ訪れた体験も印象深かったとのこと。「ちゃんとそこにあって綺麗に安置されていた。3日間(安置を含む)の間にお線香をあげに来られたことで、気持ちの整理ができた」とKさんは話します。今日亡くなって翌日に式があるような場合と違い、時間がゆっくり流れる安心感があったとのことです。

藤沢市聖苑では、火葬場スタッフの親切な対応が心に残ったそうです。「右も左もわからないのに、ちゃんと誘導してくれて本当に親切だった」とKさん。初めての経験でも困ることなく動けたことが、精神的な余裕につながったようでした。

サン・ライフを選んだ理由

複数の葬儀社を検討された中で、最終的にサン・ライフを選んだ決め手は「ホールの綺麗さ」だったとおっしゃいます。

夫の容体が悪化するにつれ「そろそろ探さなくては」と感じたKさん。候補として湘和街道の業者が挙がっていたところ、娘さんがスマートフォンで検索し、「サン・ライフさんというところに綺麗なホールがあるよ」と教えてくれたのがきっかけです。

「LINEで登録できるから登録だけしておいたら」という娘さんのひと言でLINE登録をした翌日、夫が急逝。病院からは別の業者を案内されましたが、すでに連絡先を持っていたサン・ライフに電話したところ、すぐに駆けつけてくれたとのことです。「登録しておいてほんとうによかった」とKさんは話します。

費用について率直に教えていただきました

費用については「これだけやってもらってこれぐらいだったら十分すぎる」とKさん。祭壇の華やかさや担当スタッフの対応の質を考えると、想定の範囲内か想定以下だったと感じているようです。

「こんなもんなのかな、というのと、これだけやってもらってこれぐらいなら、という両方があった」とおっしゃっていました。具体的な金額への言及はありませんでしたが、コストパフォーマンスへの満足度は高かったようです。

亡くなっても一緒にいる、そのメッセージが伝わった

葬儀全体を通して一番大切にしたことを伺うと、「故人とのつながりがなくなっても、一緒にいるんだよというメッセージが伝わるようにしてもらったこと」とKさん。ビデオや展示コーナーで故人の姿を映し出すことで、「なくなっても一緒だよ」という感覚を式の中で表現できたそうです。

「ああ、なくなってもあれなんだな、一緒だよっていう、なんかメッセージみたいのが伝わってくるようで、すごく良かった」とKさんはおっしゃっていました。形式ではなく、故人と向き合える時間がそこにあった。それが今回の葬儀の中心にあったように感じます。