
ご自身の家が曹洞宗であったり、曹洞宗の葬儀に参列する機会があったりする際に、どのようなお経が読まれるのか気になったことはないでしょうか。お経の意味や背景を知ることで、より深く故人をしのび、心を込めて葬儀に臨めるようになります。
しかし、宗派による教えやお経の違いは複雑で、なかなか理解しにくいものです。曹洞宗ならではの作法や考え方を知ることで、心を込めて参列できるでしょう。
本記事では、曹洞宗がどのような宗派なのかという基本的な教えから、葬儀で実際に読まれるお経の種類、そしてそれぞれに込められた意味までを詳しく解説します。
曹洞宗とは
曹洞宗のお経について知る前に、まずは「曹洞宗とは」どのような教えを持つ宗派なのか、その基本から見ていきましょう。
曹洞宗は、今から約800年前の鎌倉時代に道元禅師(どうげんぜんじ)によって日本に伝えられた禅宗の一派です。坐禅を修行の根本に据え、その教えはお釈迦様から代々受け継がれてきたものとされています。
その後、瑩山禅師(けいざんぜんじ)が教えを全国に広め、曹洞宗が発展する礎を築きました。このことから、道元禅師を「高祖(こうそ)」、瑩山禅師を「太祖(たいそ)」と呼び、お釈迦様とともに「一仏両祖(いちぶつりょうそ)」として尊んでいます。
曹洞宗の成り立ち・広がり
曹洞宗は、開祖である道元禅師と、その教えを広めた瑩山禅師の二人の祖師によって礎が築かれました。
道元禅師は24歳のときに仏道の真理を求めて宋(当時の中国)へ渡り、天童山の如浄(にょじょう)禅師のもとで修行に励みます。そこで「身心脱落(しんじんだつらく)」という悟りの境地に至り、本来誰もが持っている仏心に目覚めました。
帰国後、坐禅の教えを人々に正しく伝えるため、坐禅の作法や心構えを説いた『普勧坐禅儀(ふかんざぜんぎ)』を著します。京都に興聖寺(こうしょうじ)を建立した後、越前(現在の福井県)に移り、大本山永平寺(えいへいじ)を開山しました。
道元禅師の没後、その教えを受け継いだのが瑩山禅師です。瑩山禅師は、道元禅師の厳格な禅の教えを、より多くの人が実践できるよう分かりやすく説きました。全国各地に多くの優れた弟子を派遣し、民衆の暮らしに寄り添いながら教えを広めたことで、曹洞宗は日本全国へと発展していったのです。
曹洞宗の特徴
曹洞宗の教えには、他の宗派にはない独自の特徴があります。その中心となるのが、「只管打坐(しかんたざ)」という坐禅のあり方と、「即心是仏(そくしんぜぶつ)」という心の捉え方です。ここでは、曹洞宗の教えの根幹をなす2つの特徴を詳しく解説します。
坐禅は「只管打坐」
曹洞宗の坐禅は「只管打坐(しかんたざ)」と呼ばれます。「只管」とは「ただ、ひたすらに」、「打坐」は「坐る」という意味で、ただひたすらに坐禅を組むことを指します。
一般的に、坐禅は悟りを開くための手段として捉えられがちです。しかし、曹洞宗では、何かを得るために坐禅をするのではありません。坐禅をしている姿そのものが、すでに仏の姿であり、悟りの境地であると考えるのです。これを「修証一等(しゅしょういっとう)」といい、修行(坐禅)と悟りは一体のものであると説きます。
この教えは坐禅だけに限りません。道元禅師は、食事や掃除、会話といった日常生活の一つひとつの行い全てに坐禅と同じ価値を見いだし、それを禅の修行として実践することの重要性を説きました。日々の暮らしを丁寧に行うこと、それこそが曹洞宗の目指す修行の姿なのです。
「即心是仏」の考え方
「即心是仏(そくしんぜぶつ)」とは、「私たちの心が、そのまま仏である」という教えです。これは曹洞宗の根幹をなす重要な考え方の一つです。
道元禅師は、私たちは生まれながらにして、お釈迦様と同じ清浄な心である「仏心(ぶっしん)」を与えられていると説きました。そのため、特別な何かになったり、どこか遠くにある理想に近づいたりして仏になるのではありません。もともと自分自身に備わっている仏の心に気付き、その心に従って生きることが大切だと考えます。
この「仏心」には、自分自身の命を大切にすることだけではなく、他の人々やあらゆるものの命も同じように尊び、大切にするという、他者への深い思いやりの精神が息づいています。自己と他者を分け隔てなく、全ての存在を敬う心が「即心是仏」の教えには込められているのです。
曹洞宗の基本経典
曹洞宗の教えの拠り所となるのが、「両祖」である道元禅師と瑩山禅師がそれぞれ示した二つの書物です。これらは「宗典(しゅうてん)」と呼ばれ、曹洞宗の教えの根幹をなすものとして非常に大切にされています。ここでは、曹洞宗を理解する上で欠かせない二つの基本経典について解説します。
正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)
『正法眼蔵』は、道元禅師が1231年(寛喜3年)8月から示寂(しじゃく)する1253年(建長5年)1月までの約23年間にわたり、説き示した教えをまとめた書物です。道元禅師の主著であり、仏法の真髄を体系的に、そして独創的な思索を交えて日本語で表現したものとして知られています。
道元禅師自身は全100巻として完成させる構想を持っていましたが、志半ばで亡くなったため、未完に終わりました。そのため、弟子たちによって編集された95巻本や、道元禅師自身が編集した75巻本、12巻本など、さまざまな形で伝承されてきました。
「正法(正しい仏法)とは何か」というテーマについて、経典や祖師たちの言葉、重要な禅問答などを引用し、道元禅師独自の解釈と注釈を加える形式で述べられています。その深遠な内容は、日本仏教思想における傑作の一つとも評されています。
伝光録(でんこうろく)
『伝光録』は、瑩山禅師が1300年(正安2年)に加賀(現在の石川県)の大乗寺(だいじょうじ)で修行僧たちに説いた説法を、側近の僧が書き記してまとめたものです。
本書には、お釈迦様を源流とする坐禅の仏法が、インド、中国を経て、日本の初祖である道元禅師、そしてその弟子である孤雲懐奘(こうんえじょう)禅師に至る53人の祖師たちに、どのように正しく受け継がれてきたかが記されています。
各章は、一人の祖師を取り上げ、その方の伝記や悟りを開くきっかけとなった因縁(いんねん)、それに対する瑩山禅師の解説、そして修行僧への激励の言葉が述べられ、最後に結びの詩で締めくくられるという構成です。
『伝光録』は、道元禅師の『正法眼蔵』で示された教えを、祖師たちの具体的な史実の上に位置づけようとしたものです。『正法眼蔵』と並び、曹洞宗の教えを学ぶ上で欠かせない代表的な宗典として尊重されています。
曹洞宗の葬儀で読まれるお経の種類とそれぞれの意味
曹洞宗の葬儀では、故人が安らかに仏の世界へ旅立てるよう、そして仏の弟子として新たな道を歩み始められるよう、さまざまな儀式とともにお経が読まれます。お経には一つひとつに深い意味が込められています。
ここでは、曹洞宗の葬儀や法要で実際に読まれる代表的なお経の種類と、それぞれに込められた意味を詳しく見ていきましょう。
修証義(しゅしょうぎ)
『修証義』は、曹洞宗の教えの神髄をまとめたお経です。これは、道元禅師が著した主著『正法眼蔵』の中から、特に重要とされる部分を抜粋し、明治時代に編集されたものです。全5章31節から成り立っており、曹洞宗の檀信徒にとっての聖典として広く読まれています。
『修証義』が編纂された大きな目的は、出家していない一般の信徒でも、日々の暮らしの中で曹洞宗の教えを実践できるように分かりやすく示すことでした。そのため、難解な『正法眼蔵』の中から、信仰生活の指針となる部分が選び抜かれています。
内容としては、曹洞宗が標榜する「只管打坐(しかんたざ)」や「即心是仏(そくしんぜぶつ)」の心を日常生活の中でどのように実践し、信仰を深めていくかが体系的に示されています。葬儀の場だけではなく、日々の勤行(ごんぎょう)でも大切にされているお経です。
般若心経(はんにゃしんぎょう)
『般若心経』は、日本でよく知られているお経の一つです。正式名称は「摩訶般若波羅蜜多心経(まかはんにゃはらみったしんぎょう)」といいます。曹洞宗だけではなく、多くの仏教宗派で読まれている経典です。
本文はわずか262文字と非常に短いですが、その中には大乗仏教の核心ともいえる深遠な思想が凝縮されています。中心となっているのは「空(くう)」の思想です。これは、「この世の全ての物事や現象には固定的な実体はなく、あらゆるものは互いに関わり合い、支え合って存在している」という考え方を指します。
この「空」の真理を理解することで、私たちは物事への執着から解放され、苦しみから逃れられると説かれています。その哲学的な内容と、苦悩する人々に寄り添う広大な慈悲の心が、『般若心経』が宗派を超えて大切にされている理由です。
曹洞宗の葬儀の流れ
曹洞宗の葬儀は、故人がお釈迦様の弟子となり、安らかに仏の世界へ旅立つための儀式として執り行われます。他の宗派には見られない、いくつかの特徴的な儀式が組み込まれているのが特徴です。ここでは、曹洞宗の葬儀の一般的な流れを順に解説します。
1.剃髪(ていはつ)の儀式
「剃髪」は、故人が仏の弟子になるにあたり、髪を剃り落として俗世との縁を断ち、仏道に入ることを示す儀式です。実際に髪を剃るわけではなく、導師(どうし)と呼ばれる僧侶がかみそりを当てるふりをしながら「剃髪の偈(げ)」という偈文を唱え、故人の髪を清めます。
2.授戒(じゅかい)の儀式
「授戒」は、故人に仏弟子としての戒律を授ける、曹洞宗の葬儀において非常に重要な儀式です。具体的には、生前の罪を懺悔する「懺悔文(さんげもん)」、仏の教えに帰依することを誓う「三帰戒文(さんきかいもん)」など、5つの儀式が行われます。これにより、故人は正式に仏の弟子となります。
3.入棺諷経(にゅうかんふぎん)・龕前念誦(がんぜんねんじゅ)
故人を棺に納めた後、棺の前で僧侶がお経を唱える儀式が「入棺諷経」や「龕前念誦」です。この読経の中で、参列者は焼香を行います。曹洞宗の焼香は2回行うのが一般的です。焼香の流れは以下の通りです。
- 焼香台の手前で、ご本尊と遺影、位牌に一礼する
- 右手の親指、人さし指、中指で香をつまみ、左手を軽く添えながら額の高さに押しいただく
- 香を静かに香炉にくべる
- 2回目は香をつまんだ後、押しいただかずにそのまま香炉にくべる
- 最後に合掌し、一礼して席に戻る
4.挙龕念誦(こがんねんじゅ)
「挙龕念誦」は、出棺に際して行われる儀式です。ここでは「鼓鈸三通(くはつさんつう)」といって、太鼓や鐃鈸(にょうはち)といった打楽器が大きく鳴り響きます。これは、故人の新たな旅立ちを励まし、邪気を払うという意味が込められています。
5.引導法語(いんどうほうご)
「引導法語」は、葬儀の中心となる儀式です。導師が、故人の生涯を漢詩などでまとめた「法語」を唱え、故人が迷うことなく仏の世界へ行けるように導きます。このとき、たいまつに見立てた線香で円を描く所作が見られます。これは故人の煩悩や迷いを断ち切り、悟りの世界へと導くことを象徴しています。
まとめ
曹洞宗の葬儀では、故人を仏の世界へ導くために『修証義』や『般若心経』といったお経が大切に読まれます。お経の種類や葬儀の流れに込められた意味を知ることで、故人をしのび、より心を込めて手を合わせられるでしょう。
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