父は自動車教習所の指導員として40年間勤務し、当時はまだ珍しかった自動二輪教習の立ち上げにも力を発揮。定年後も67歳を迎えるまで、主に高齢者講習に従事していました。野球全般をこよなく愛し、会社のチームのプレイヤーとして汗を流す一方、プロ野球観戦も趣味の一つにしていました。生真面目でとても頑固な性格でしたが、もう一人の子どものように可愛がっていた秋田犬”もも太”の散歩を欠かさない優しい人でした。
そんな父が余命宣告をされたのは今から1年ほど前のこと。何度かの入退院を繰り返しながら回復に努めたのですが、食欲がなくなったことで一気に体力も落ち、緩和ケア病棟に入院したその1カ月後、70年の生涯を終えました。折しもコロナ禍ということもあり、入院中はゆっくり面会することもままならなかったのですが、父は私の前では一切弱音を吐いたりすることもなく、最後まで頑固な「昭和のお父さん」でした。
サン・ライフのホールは自宅からも近く、両親がサン・ライフメンバーズに加入していたこともあり、以前から知っていました。父がガンの告知を受けて以降、何度か事前相談をお願いしてホール内も見学させていただき、その都度スタッフの皆様から真心からのアドバイスをいただいていました。葬儀当日は、ごく身近な親族を中心に10人ほどが会葬。少人数の家族葬に適した、ほど良い広さの式場を利用させていただき、家族・親族で安心して父に寄り添うことができました。
葬儀を担当してくれたスタッフの菊地さんには、事前相談から遺族の視点に立ったアドバイスをしていただき、初めての葬儀で戸惑う私たちを様々な場面でサポートしていただきました。菊地さんはちょっとした雑談も覚えていてくれ、セレモニーの中にしっかり反映させ私たちの想いを全て叶えてくれました。急にお願いしたことも、菊地さんは臨機応変に対応してくださって、母も「細かいところまで気配りができ、私たちの気持ちを全部察してくれる、こんないい人はいない」と、菊地さんに全幅の信頼を寄せていました。中でも、私たち家族が最も感激したのは、愛犬”もも太”にそっくりなぬいぐるみを用意してくれたことです。「旅立つ前に一目”もも太”に会わせてあげたいけれど、高齢なこともあってまだ長生きしてほしい…」という私たち家族の複雑な気持ちを菊地さんは察してくれたんですね。出棺するギリギリの時間まで、ホールスタッフの皆様総出で一生懸命に探してくれ、父も”もも太”にそっくりなぬいぐるみと一緒に旅立つことができましたので寂しくなかったと思います。
また、父を棺の中に休ませてあげる際に、菊地さんが私たちの目の前で父の旅立ちの身支度を真っ白な綿花で整えてくれている姿を見た時は「今までの葬儀でこんな素敵な送り方は見たことがない」と、親族全員で感動してしまいました。
菊地さんは葬儀を終えた後も気にかけてくれ、サン・ライフ直営の仏壇店で仏壇・仏具選びにも付き添っていただきました。父の葬儀を通して、菊地さんをはじめ、ホールスタッフの皆様と巡り合えて本当に良かったです。皆様のおかげで、とても穏やかな優しい空気の中で父を送り出すことができました。母共々、感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。