父がこの世を去ったのは、80歳の誕生日を迎えた1週間後でした。
風邪をこじらせ肺炎で緊急入院、病状が悪化し帰らぬ人となりました。約60㎏あった体重は、亡くなった時には37㎏になっていました。父の細くなった頬を擦りながら、皆が「何か食べたかったね。」と、痩せて変貌した痛ましい姿を見て咽び泣きました。
葬儀の打合せの時は未だ放心状態で、説明の声が遠くに聞こえてしまう程、動揺していました。
その際”エンバーミング“という遺体保全の手法を聞きました。初めてのことで戸惑いましたが、渡した写真に近い状態まできれいにしてくれるとの説明を受け、「このまま見送りたくない」と思わず発してしまうと、その場にいた全員が「やろう」と同意。
担当の方は「きっと驚かれますよ」と、手早く手配してくれました。
翌日、安置会場に行くと元気だった頃の父がそこに眠っていました。
身体は冷たくてもきれいな肌色に、痩せてこけた頬はふっくらして、父が甦ったような気持ちになり、手を握ったり、身体を擦ったり喜んでしまいました。ひとしきり父と触れ合った後、席に座って「すごいね。やって良かったね。」と口々に安堵の言葉を繰り返し、思わず嬉し涙まで流しました。
そんな風に私達が話しをしていると、後方で「チーン」…。
振り向くと会場のスタッフの方々が、父の肌蹴た白衣を直し、解いてしまった手を組み直し、顔に布を掛けていました。「すみません!つい嬉しくて…」一同駆け寄ると、スタッフの皆さんは笑いを堪えて手際よく元通りにしてくれました。
「明るいご家族ですね。お父様と仲が良かったのですね」
その言葉で、それぞれが抱えていた父への想いがまた溢れてきました。
あのままの姿で別れたくなかった。皆同じ気持ちでした。
そして、ちゃんと見送らなきゃと、努めて気丈に振舞い、全ての行程を終えました。
あの時、エンバーミングを勧めてもらい、一時だけ父に再会出来たことで、”我が家らしい見送り“が出来ました。
棺に眠る父の頭は、孫たちによって”寒くないように“黄色いバラの蕾で彩られ、花を手向けた方々は、皆笑顔になっていました。
「お前たちらしいな」と父は喜んで旅立ったと思っています。