1月22日は母の91歳の誕生日。仕事で遅くなってしまった私は、面会時間が終わるぎりぎりの時間に病室へ駆け込みました。ベッドから伸ばされた母の手を握ると、私のことを見てにっこり。糖尿病が再発し、ぼんやりとしていることの多かった母ですが、その日は私を待っていた様子でした。
「ママ、がんばったね、お誕生日おめでとう」と声をかける私の手を、母は離そうとしません。その手に、もう時が来たのだ、と分かりました。
次の日の昼、駆け付けた私と妹をしっかりと目に映した後、母は眠るように息を引き取りました。長男の嫁として苦労の多い人生を送りながらも、とても優しい人でした。
大好きだった母を失った寂しさは、あまりにも大きいものです。でも、頑張って生きた母だから、泣きながら見送るのではなく、頑張ったねと褒めてあげたい。そんな一心で喪主を務めました。しかし喪主の挨拶をする事には少し抵抗が…。そんな時、担当の石塚さんにご提案いただいたのがオリジナル会葬礼状のサービスでした。
インタビューをもとに作られた、この世にひとつしかない会葬礼状は、私たちから母へのメッセージであるとともに、会葬された皆様へのご挨拶でもあるそうです。式中、喪主挨拶の代わりとして、母との思い出が込められた文章を、石塚さんに朗読していただきました。落ち着いた声で読み上げられる母への想いは、心に沁みるようでした。母のことを、そして母との思い出を慈しんでいただいているのがよく分かりました。
会葬された皆様にも絶賛され、友人などは自宅に帰るなり会葬礼状を見せながら「私の時もこれをやって!」と家族に話したそうです。
冬晴れの日、紺地に白の水玉が入ったワンピースを着て、大好きだったバラの香りに包まれながら、母は旅立ちました。とても母らしい葬儀で見送ることができたと思っています。
葬儀が終わった今でも、あの時の石塚さんの声が耳に残っています。誰もが悲しみの中にいる所でのお仕事ですから、たいへん難しい立場でしょう。でも、真摯に私たちを支えてくれた、一級葬祭ディレクターの石塚さんだからこそ、安心してお任せできたのだと思います。ありがとうございました。